釈迦名号(南無釈迦牟尼仏 なむしゃかむにぶつ)の掛軸

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釈迦名号(南無釈迦牟尼仏)の掛軸とは

釈迦名号(南無釈迦牟尼仏)の掛軸とは

臨済宗・曹洞宗・黄檗宗など禅宗の宗派で使われます。

宗派によって掛けるお名号が違います。

これは南無(帰依(きえ)する=拠り所とするの意味)のあとにくるものが宗派によって違うということからそうなります。

浄⼟宗や浄⼟真宗では阿弥陀さま、禅宗ではお釈迦さま、真⾔宗では弘法⼤師(空海)さま、⽇蓮宗では法華経(ほっけきょう)と異なることからの違いとなります。

仏事の掛軸は一家に一幅の大切なお道具です。

しかも、法事やお盆などに掛けるとなると、どの掛軸よりも多くの方に見ていただく掛軸となりますので、よく吟味してお選びいただきたいと思います。

釈迦牟尼仏とは、お釈迦さまのこと。

釈迦族の牟尼(僧)にして仏(悟りを開いた状態)なる者という意味です。

釈迦名号(南無釈迦牟尼仏)の掛軸はいつ、どんな時にかけるの?

釈迦名号は「南無釈迦牟尼仏」と揮毫された掛軸です。禅宗(臨済宗、曹洞宗・黄檗宗)など、釈迦如来を御本尊とする宗派でお掛けいただけます。

掛ける時期は、お盆・お彼岸・ご法要時はもちろん、普段もお掛けいただけます。

釈迦名号(南無釈迦牟尼仏)の掛軸はどのお寺と関係があるの?

臨済宗

臨済宗は大きく15派があり、宗派ごとに本山があります。それぞれが違った趣を持ちます。

臨済宗の宗派・本山・開祖

臨済宗建仁寺派 建仁寺 明庵栄西(みょうあんえいさい・みんなんようさい)

臨済宗東福寺派 東福寺 円爾弁円(えんにべんねん)

臨済宗建長寺派 建長寺 蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)

臨済宗円覚寺派 円覚寺 無学祖玄(むがくそげん)

臨済宗南禅寺派 南禅寺 無関普門(むかんふもん)

臨済宗国泰寺派 国泰寺 慈雲妙意(じうんみょうい)

臨済宗大徳寺派 大徳寺 宗峯妙超(しゅうほうみょうちょう)

臨済宗妙心寺派 妙心寺 関山慧玄(かんざんえげん)

臨済宗天龍寺派 天龍寺 夢想疎石(むそうそせき)

臨済宗永源寺派 永源寺 寂室元光(じゃくしつげんこう)

臨済宗向嶽寺派 向嶽寺 抜隊得勝(ばっすいとくしょう)

臨済宗相国寺派 相国寺 夢想疎石(むそうそせき)

臨済宗方広寺派 方広寺 無文元選(むもんげんせん)

臨済宗佛通寺派 佛通寺 愚中周及(ぐちゅうしゅうきゅう)

臨済宗興聖寺派 興聖寺 虚応円耳(きおうえんに・きいんえんに)

臨済宗は鎌倉時代、栄西が日本に広めたものです。

栄西はもともと比叡山・天台宗の僧侶でしたが、鎌倉時代の比叡山の堕落ぶりに失望し、宋で臨済禅を学びました。

帰国後栄西は九州を中心に臨済禅を広めます。

しかし、栄西と禅の拡大を快く思っていなかった比叡山の僧侶は朝廷の力を使い、禅停止の命を栄西に通達します。

このような動きと栄西は決して対立しようとはせず、「興国護国論」を執筆し、その中で臨済禅の信仰こそが天台宗の復興につながると説きました。

栄西の人柄と考えに深く共感した源頼家が、栄西と禅を保護し、栄西は頼家の力添えで 建仁寺を設立します。

そして、従来の仏教と違って現実的であった臨済宗は武家と強く結びつき、室町時代になると金閣寺・銀閣寺の建築様式から始まり、侘び寂び・幽玄などの特徴を持つ、現代につながる日本独自の芸術や思想を生み出していきました。

設立当初、建仁寺は既存の宗教への配慮から禅・真言・天台の兼修でした。

しかし、これによりはじめて禅宗が公認されたことになります。

その後、臨済禅は臨済と呼ばれるようになります。

曹洞宗

曹洞宗には大本山が2つあります。

 

永平寺

ひとつは福井県にある「吉祥山永平寺(きちじょうざんえいへいじ)」、もうひとつは神奈川県の「諸嶽山總持寺(しょがくさんそうじじ)」です。

曹洞宗を開き、布教活動をはじめた道元は、他の宗派によって弾圧され、京都市内から京都府宇治市に移りました。

しかし、京都府宇治市の布教拠点も襲撃された道元は、京都府から離れ、現在の福井県を拠点とすることにしました。

そして1244年、道元が「大佛寺(だいぶつじ)」を建立したのが現在の永平寺のはじまりです。

1246年に寺名を大佛寺から永平寺に改め、禅の道場として、道元の理想とする厳しく純粋な修行が行われるようになりました。

それから約370年もの月日が流れ、1615年に徳川幕府の法令によって、永平寺は曹洞宗の大本山となったのです。

 

總持寺

總持寺はもともと、神奈川県横浜市ではなく、現在の石川県輪島市にありました。

曹洞宗を教団として確立させた、曹洞宗の宗祖の一人「瑩山紹瑾(けいざんじょうきん)」が、坐禅の最中にお告げを聞いたことから、總持寺の歴史は始まります。

瑩山紹瑾がお告げを受けた同じ日に、石川県輪島市にあった「諸嶽寺(もろおかでら)」という、曹洞宗とは違う宗派のお寺の住職も、夢でお告げを聞きました。

不思議なことに、瑩山紹瑾と住職が受けたお告げは、一致しました。

住職は「諸嶽寺を瑩山紹瑾に譲るべし」と、瑩山紹瑾は「諸嶽寺を曹洞宗の寺院にするべし」という内容のお告げだったのです。

そして、瑩山紹瑾は住職から諸嶽寺を譲り受け、「諸嶽山總持寺」としたのです。その後、1615年の徳川幕府の法令により、總持寺は永平寺と並んで大本山となりました。

しかし、石川県輪島市の總持寺は、明治時代の1898年4月の夜、火災によって敷地内の建物の多くを焼失してしまいました。

当時の總持寺住職は、大本山總持寺の「現代的な使命」などを深く考え、石川県輪島市から都市近郊である神奈川県横浜市に、總持寺を移転したのです。

現在、石川県輪島市の旧總持寺は「總持寺祖院(そうじじそいん)」として再建されています。

曹洞宗の歴史

曹洞宗は、鎌倉時代の1227年、道元(どうげん)によって開かれた宗派です。

道元は、「○○宗」といった宗派名を立てることを嫌っており、曹洞宗が開かれた当初は、宗派の呼称はありませんでした。

曹洞宗という宗派名を用いるようになったのは、四代目の瑩山紹瑾(けいざんじょうきん)の頃からだと言われています。

そして、この瑩山紹瑾こそが教団としての曹洞宗を確立し、飛躍的に発展させたのです。

このような歴史から、曹洞宗では道元と瑩山紹瑾の2人を、宗祖(しゅうそ)という宗派を開いた人物としています。

曹洞宗では、道元と瑩山紹瑾の2人を宗祖としていることから、それぞれの宗祖が建立したお寺を大本山としました。

「吉祥山永平寺」は道元が建立し、「諸嶽山總持寺」は瑩山紹瑾が建立したお寺です。

すなわち「吉祥山永平寺」は曹洞宗の根本の教えが説かれたお寺で、「諸嶽山總持寺」は曹洞宗発展の拠点となったお寺という訳です。

曹洞宗は禅宗の一つ

「禅宗(ぜんしゅう)」とは、仏教の中でも特に「坐禅(ざぜん)」を重んじる宗派の総称です。

「坐禅」とは、姿勢を正して坐った状態で精神統一を行うという修行法です。

禅宗には曹洞宗の他にも臨済宗(りんざいしゅう)や黄檗宗(おうばくしゅう)があり、この3つの宗派は「日本三禅宗」と呼ばれています。

黄檗宗

黄檗宗は臨済宗や曹洞宗と並ぶ日本三禅宗の1つです。

宗派名は中国の黄檗山万福寺の山名に由来しています。

この黄檗宗は江戸時代になってから伝来した比較的新しい宗派ということもあり、国風化が進んだ曹洞宗や臨済宗とは様々な点において違いがあります。

 

黄檗宗の総本山は京都府宇治市にある「黄檗山萬福寺」です。

禅宗五家の1つである中国の臨済宗が起源となっており、宗祖となる隠元禅師は日本からの度々の招きに応じて1654年に来航しました。

1661年には後水尾法皇と将軍徳川家綱の庇護のもと、宇治に9万坪の土地が与えられたことをきっかけに「黄檗山萬福寺」を建立しています。

黄檗宗は臨済宗よりも400年以上も遅く入ってきましたが、「経典」を読むことよりも自己の内観と内省を深める「看話禅」や「座禅」に重きを置くなど日本の臨済宗とも共通する部分が数多くあります。

ただ、黄檗宗は中国禅の特徴である華厳、天台、浄土等を反映した中国式です。

儀式や作法などは明の時代に制定されたものが使われており、経典の読み方や法要で使用する道具なども日本の臨済宗とは大きく異なっています。

また、1874年には明治政府が禅宗を臨済と曹洞の二宗に定めたため、一度は臨済宗と合併することになりましたが

日本の臨済宗との違いは大きく、1876年には黄檗宗として正式に独立しています。

南無釈迦牟尼仏の掛軸 主な書家は? 

臨済宗 大徳寺 塔頭 黄梅院 住職 : 小林太玄 老師

小林太玄<略歴>臨済宗大徳寺派。大本山大徳寺塔頭。黄梅院住職です。

北法相宗管長 清水寺貫主:森清範 老師

森清範は清水寺の貫主であり、今年の漢字を毎年揮毫することでも知られています。

その為、能書家としても有名であり書作品は非常に人気があります。

釈迦名号(南無釈迦牟尼仏)について

「釈迦牟尼佛(お釈迦様)に帰依(深く信じる)する」ことを意味します。

禅宗(臨済宗、曹洞宗)でお唱えする文言です。

釈迦族の牟尼(聖者)という意味です。南無は『すべてお任せします』という意味です。

われわれは皆仏の子であり、生まれながらに物心を持っているものの、それに気づかずに勝手に生活をして、苦しみや悩みを抱えているが、釈迦に懺悔して帰依することで、こころを落ち着けて、どんな苦難でも生き抜ける新年が生まれ、それが生きがいで幸福を発見することになると説きます。

黄檗宗、臨済宗でも南無釈迦牟尼仏を唱えてから読経に入ります。

曹洞宗をはじめとする禅宗では、お経が中心ではなく座禅による悟りを基本にしているため、

お題目のように繰り返し唱える言葉ではないものの、お経を読む際には、南無釈迦牟尼仏を唱えます。

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